アウンサンスーチーさんは、なぜ罰を受けているの?

2021年12月6日、ミャンマーでアウンサンスーチーさんという方が、裁判所で「禁錮きんこ4年」という罰を言い渡されました。この方は一体どんな悪いことをしたのでしょう? 実はこれには、ミャンマーという国の複雑な状態があります。

ミャンマーってどんな国?

ミャンマー連邦共和国は、インドや中国と隣り合わせの国で、元の名前は「ビルマ」という名前でした。

イギリスとの戦争に負けて、長くイギリスが支配していましたが、1942年にアウンサンという将軍がビルマ(ミャンマー)の独立を目指して軍を率い、日本の軍の助けも借りてイギリスに勝利、1943年に「ビルマ国」として独立します。この時の将軍「アウンサン」という人が、アウンサンスーチーさんのお父さんです。

しかし、その後もビルマは戦争が続いてしまい、再びイギリスに攻められたり、アウンサンが殺されてしまったり(1947年)など、混乱が続きます。

そして、ようやく独立を果たせたのは1948年のことでした。ただこの時、戦争によって勝ち取った国だったため、軍の力が強く、最初の首相も軍を率いた「ウー・ヌ」という人がつとめました。このように、軍が国を治める状態を「軍事政権ぐんじせいけん」といいます。

民主化の動きとアウンサンスーチーさん

軍事政権の国というのは、戦争には強いものの、その分人々の生活が犠牲になったり、軍の言う事を聞かないといけない等、なかなか住みにくい国になってしまうことが多く、多くの場合は国民が自分たちで自由に住める国になって欲しいと願います。これを「民主化みんしゅか」などと言います。

当時のビルマでも民主化を求める人たちが多くなり、軍も頭を悩ませることになります。特に、この民主化を求める人たちのリーダーとなっていたのが、アウンサンの娘である「アウンサンスーチー」さんで、彼女は国民民主連盟(NLD)という党を率いて、人々が選挙で選んだ人たちに国を率いて欲しいと運動します。

軍としては、国民を納得させながら、軍事政権を続けたいと考えます。そこで、選挙などは行いながらも軍に有利になるような事をします。そのため、アウンサンスーチーさんはたびたび、自宅に閉じ込められて外に出られない「自宅軟禁」などをしいられました。

ただ、それでも国は民主化を求め続けます。1989年、国名が「ミャンマー連邦」に代わり、翌年に選挙が行われますが、先のNLDなどが勝利。しかし、軍はそれが面白くないため、選挙の結果をひっくり返したり、政府に対して軍の力を示せるような要求などをしつづけます。

しかし、アウンサンスーチーさんのNLDはその後もどんどん人々の支持を集め、選挙をする度にNLDが強くなっていくという軍にとっては、なかなかもどかしい状態が続きました。

2021年のクーデターとアウンサンスーチーさんの逮捕

2020年ミャンマーで選挙が行われ、NLDはここでも大勝利を収めました。これにあせった軍は、いよいよ「実力行使」にでます。政権をひっくり返す「クーデター」という暴力によって支配する危険な行動に出たのです。

国民はこれに反発、「デモ」というたくさんの人たちで集まって政府や軍に主張をする行動や、仕事をしない、税金を納めないなどの方法で、軍事政権に対抗しようとがんばります。軍の方も、それを受けてデモに参加した人たちを捕まえたり、時には殺したりしているという情報もあります。

そして、アウンサンスーチーさんも無線機を法律で禁止されているにもかかわらず輸入した罪などで逮捕をし、現在裁判にかけられているという状態なのです。

つまり、アウンサンスーチーさんは軍からみると「悪いことをした」という判断をされて逮捕されましたが、多くのミャンマー国民や、多くの世界の人たちも「悪いことはしていない」と思えることで逮捕や裁判をされています。

民主化を求める国民と、軍の力を保ち続けたいミャンマー軍。この両者がにらみ合ってしまい、なかなか平和な時が訪れないというのが、今のミャンマーという国です。これからの展開を見守っていきましょう。

参考

https://www3.nhk.or.jp/news/special/news_seminar/jiji/jiji94/